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映画「万引き家族」 この映画から「思いを満たす」ことを盗もうとした自分は、この映画に思いを満たそうとした「自分」を盗まれました。

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映画「万引き家族」を見ました。以下、抽象的な感想です♪

 

 

1.自分が、この映画の中にいると思ったとき、自分は、昔もこの映画の中にいて、この先もこの映画が続くことを望みました。

 

〇 映画が終わり映画館を後にするも、まだ、自分が映画の中にいるような感じを抱いていました。

 

〇 帰途、昔もこの映画の中に自分はいたなとの思いを抱いていました。

 

〇 帰宅、この映画、終わって欲しくないなとの思いを抱いていました。

 

〇この映画で「今」を感じたとき、「過去」を思い「未来」を思いました。

 

 

2.「社会」が「不思議の国」に見えたとき、「社会」がこの映画の中の家族に迷い込んでいるような感じを抱きました。

 

〇この映画の中の夫婦は、盗んだのではなくて盗まれてしまったようでした。

 

〇この映画の中の家族は、皆、盗まれあっていました。

 

〇この映画の中の家族は、「盗まれたい」を「盗まれる」ことのできる人々のようでした。

 

〇この映画の中の家族は、「不思議の国」に迷い込んでしまったのではなく、「不思議の国」がこの家族に迷い込んでしまったようでした。

 

 

3. 「盗まれる」と「盗む」は二つで一つ、一つで二つだとの思いを抱きました。

 

〇「不思議の国」では、「盗まれたい」を「盗まれる」ことのができる人々は、「盗む」ことができる人々になってしまうアベコベの世界のような思いを抱きました。

 

〇「盗まれる」と「盗む」は二つで一つ、一つで二つ、自分と家族、家族と社会、社会と世界、世界と自分、あるようでなく、ないようである、般若心経や量子力学のようで、相対的にしか見ることしかできないが真理をみようとする行為、ただその行為は「関係」があってこそだとの思いを抱きました。

 

 

4.この映画から「思いを満たす」ことを盗もうとした自分は、この映画に思いを満たそうとした「自分」を盗まれました。

 

◎何故、自分はこの映画に対して「盗む」で行って「盗まれる」で帰ってきたのか。それは、この映画と自分に「関係」を持ったから、「関係」の間に生じる「思い」を「感じ」たから、「自分」の「思い」を「満たす」から「関係」に「思い」を「感じ」たからです。

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